今日はとても素晴らしいお話をお聞きした。もうかれこれ15年近くもお付き合い頂いているお客様にお聞きしたお話だ。
その方は、ある外資系IT企業の重役を経て独立起業し、従来にない新しいタイプの人材ビジネスを推進されている方で、営業マンとしても尊敬する大先輩であり、経営者としても大変力強いアグレッシブな活動をされている方である。
その方が、「もうそろそろ引退を考えようか」とおっしゃるので、まだまだそんなお歳では、とお答えしようと思ったのだが、その言葉の続きがあった。「実は大学を受験しようと思うんだ...」。そうおっしゃられるのである。なんと、大学といっても医学部を受験したいとおっしゃられる。「2~3年浪人すれば何とかなるかな...予備校でも通ってみるか...」。笑いながらお話するお顔は、真剣そのものだった。
彼曰く、「仕事はやりたいことをやってきたし、生活に困らない分は稼いできた。だから勉強をしてみたい。ちょうど自分の病気を治す薬がほしいと思っていたから、やりがいもあるしね...」。その方は最近、胃腸の調子が悪いとおっしゃっていたのだが、ある薬を飲んでいたら副作用があるのではないかと疑問を感じたのだと言う。ちょうど米国の医学雑誌を読んでいたら、自分が飲んでいる薬に関する記事が書かれており、やはり副作用の危険性についても記載されていたとのこと。主治医にさっそく相談したが、そんなことはあり得ないと聞いてもらえなかったので、自分で医学書を勉強して証明して見せたのだそうだ...。
聞けば聞くほど、すごい話だ。誰もがうらやむようなサクセスストーリーを走り続けて、なお、新しいことにチャレンジする精神。これこそ「人間」の生き方ではないだろうか。
動物と人間が違うのは、生き方を選んで自分自身の精神を磨くこともできれば、汚してしまうことだってできる。それが人間というものだ。決められた生活だけを繰り返し、なんの進歩もないのであれば、それは動物と同じ、いや、少なくとも私が知る限り、猿や犬、猫などは学習するし、九官鳥だって人真似ができる。カラスはずる賢く、クマだって高等な知恵を付ける。何も学習しない、何も勉強しない、学ぼうとしないのは、こういった動物よりも劣るということに相違ない。
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(Лев Николаевич Толстой)という作家がいる。代表作は『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』、『復活』など。平和主義者としても知られる、世界的に有名な帝政ロシア時代の文学者だ。彼も永遠の学者(学ぶ者)であった。世界的名声を得たトルストイだったが、『アンナ・カレーニナ』を書き終える頃から人生の無意味さに苦しみ、精神的な彷徨の末、宗教や民衆の素朴な生き方にひかれ、晩年は印税や地代を拒否し精神生活を送ったという。
もちろん私は、そのような崇高なレベルにまで達していない、まだまだ未熟な人間である。しかし、トルストイの考えたことが良く理解できるし、先に述べた大先輩の生きざまにも感銘を受けた。「坂の上の雲」を目指す時代はもちろんあってよい。自分に磨きをかけて高みを目指すべきだと思う。肝心なのは、その頂点にたどりついたときに、次に何を考えるか、なのではなかろうか。とても素晴らしい話を聞くことができ、興奮した一日だった。