浅草と観音様の最近のブログ記事
今年も早いもので、鷲神社の酉の市のシーズンがやってきました。
鷲神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀った神社で、武運長久、開運、商売繁盛の神様として親しまれています。 関東では、鷲宮神社(埼玉県北葛飾郡鷲宮町)が鷲神社の本社とされているようで、鷲宮神社の祭神は、天穂日命、武夷鳥命、大己貴命だそうです。
日本武尊が東征の際、この神社で戦勝を祈願したとされ、「酉の日精進」の信仰が広まり、12月の初酉の日には大酉祭が行われるようになったのだそうです。
酉の市は、面白い事に仏教と神道の二つの解釈があるようです。
浅草・鷲神社の社伝では、日本武尊が鷲神社に戦勝のお礼参りをしたのが11月の酉の日で、その際、社前の松に武具の熊手を立て掛けたことから、大酉祭を行い、熊手を縁起物とした語られています。
一方で、浅草酉の寺・長国寺では、鷲妙見大菩薩の開帳日に立った市を酉の市の起源としており、1265年(文永2年)11月の酉の日、日蓮宗の宗祖・日蓮上人が、上総国鷲巣(現・千葉県茂原市)の小早川家(現・大本山鷲山寺)に滞在の折、国家平穏を祈ったところ、明星(金星)が明るく輝きだし、鷲妙見大菩薩が現れ出たことににちなんで、11月の酉の日に鷲山寺から鷲妙見大菩薩の出開帳が行われるようになったのだそうです。また、その後1771年、長国寺に鷲妙見大菩薩が勧請され、11月の酉の日に開帳されるようになったとのことです。
面白いですよね。仏教と神道の両方の縁日なんですね。
橋場不動尊からさらに隅田川沿いに南下すると、ちょうど台東区リバーサイド・スポーツセンターという体育館あたりに、今戸神社がある。
今戸焼きで作られた招き猫が置かれている、とてもユニークな神社である。
私が小学生の頃は、学校が終わると付近の友人達とこの境内で良く遊んだ記憶がある。
付近に墨田公園があるため、子供の遊び場としてはとても良い場所だったのだ。
思い出すと、悪戯も沢山してしまった・・・かもしれない。
この大きな銀杏の木に登って遊んだ記憶があるのだが、この大きさじゃ、今ではとても無理だ。
30年以上前の話だから、木の大きさもだいぶ違ってしまっているだろう。
それに保護樹木に指定されているようだ。
今戸焼きという焼き物をご存知だろうか?
地元の者でも知らない方がいらっしゃるかもしれない。
是非伝統の工芸技術を残していって欲しいものである。
沖田総司はこの地にて亡くなられたのだという。
今戸神社は、縁結びの神社としても名が知られている。
この日も沢山の女性がおまいりに来ていた。
本龍院 待乳山聖天(まつちやましょうでん)の境内には、本堂以外にも見所がある。
銅造宝篋印塔(どうぞうほうきょういんとう)である。
台東区の有形文化財に指定されている。
1781年天明元年に西村和泉守により制作。
銅製の宝篋印塔は全国的にもとても珍しいのだそうである。
高価な素材である事と、腐食しやすいので残っているものが少ないのだろう。
お稲荷様が境内の北の位置に設置されている。
大根と巾着袋がシンボルマークなのである。
ご利益を象徴するもので、待乳山聖天様の強い霊力を現れである。
大聖歓喜天様とはインドのガーネシャ神であるという。
その欲望の強さを抑える為に十一面観音が天女の姿に化身して抱擁したのだそうだ。
それほどまでに聖十一面観音様の力とはすごいのである。
この観音菩薩像にどれだけ助けられた事だろうか。
とても気が休まるお顔をなさっていらっしゃる。
歓喜地蔵尊である。
「数度の火災に遭い、その尊容とどめていないが、古来より子育て地蔵として伝承され、霊顕あらたかな尊として信仰されている」と書かれている。
思わず拝まずにはいられなくなるようなお力を持っていらっしゃる。
貴方のお好きなお顔のお地蔵様がきっといらっしゃる。



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